【書評】人間のトリセツ-人口知能への手紙 著者:黒川伊保子

今、IT関係で一般的に浸透し始めた旬な技術は、人工知能(AI)と言って過言ではないかと思います。
そのAIの黎明期、1991年に世界初の日本語対話型AIの稼働を成功させた立役者が黒川さんです。このソフト開発は、黒川さん曰く「私の人生最大の挑戦」と言うほどの難しい仕事だったとの事です。

話は変わりますが、思い返すに、私がパソコンに触れたのは、1995年にマイクロソフト社より発売されたウインドウズソフト装備のパソコンまで、遡ります。当時、私は営業担当をしていましたが、仕事の悩みとして、得意先に提出する見積書作成時の「面倒で時間の掛かる見積計算を何とか自動化出来ないか?」という課題を抱えていました。そこに、このパソコンが発売され、その応用ソフトEXELの内容を確認した所、見積自動化の可能性を感じ、パソコンを購入しました。

見積り計算ソフトを作るのには、手こずりましたが、無事、見積自動計算ソフトが完成し、稼動が出来る様になりました。効果は抜群で、営業マンというより見積計算を含めた事務処理の事務員化していた時間の使い方を、営業本来の「販売中心の仕事に時間を使う」形態にシフトする事が出来ました。その後もEXELでソフトを開発(例:受注品納期管理兼受注品手配表ソフト等)し、より時間の使い方の改善が出来ました。

私の中でのAIという存在は、パソコンの応用ソフトEXELとの出会い時の興奮を思い出させてくれます。ただ、その影響度はEXELの比ではなく、仕事のシステムを変える革命に近い存在になりつつあります。

著者の黒川さんは、非感性なAIと感性を使いこなす人との会話の溝を無くし、人とAIの会話を可能とさせる為に、ソフト作りの最前線で戦ってきた人です。

黒川さんが言うには、人が行う会話で使う言葉には「語感」という人間特有の感覚伝達の伝わり方があり、その使い分けをAIに指示(プログラム)出来ず、大きなハードルとなったようです。

この「語感」の使い分けの例をあげれば、”問い”に対する答え「肯定の返答句」問題が有ります。”問い”に対する「肯定の返答句」は、「はい」「ええ」「そう」の三つがあるが、人は会話の際、この使い分けを人に教わることなしに感覚的に自然に使い分けるそうです。でもAIには、この語感(感覚的ニュアンス)を使い分ける事が出来なかったとの事です。「はい」が欲しいのに「そう」と答えが戻る。聞いた人は何か「イライラ」してしまう。そのような擦れ違いでスムースな会話にならない。

もう一つ「語感」の感覚伝達の例を挙げると、「怪獣映画”ゴジラ”」のゴジラという名前には迫力と怖い感じを持つと思いますが、もし怪獣の名前が”コシラ”という名前だったとすると、名前からは、怖い怪獣だと感じないと思います。この例からも、脳は「言語記号の音声面」に、共通のイメージを抱くと言う事が分かると思います。

人は、どうして「教わる事なしに」この伝達の手段として「語感」を使いこなせるのか?その秘密を探るべく、黒川さんは、言語学や心理学の文献を漁ったが、答えは見つからなかったとの事です。

黒川さんが、語感の正体を発見したのは、同時期に生まれた生後3か月の黒川さんの息子さんの”ひょんなこと”から、その着想を得たとの事です。

それは、息子さんが、おっぱいをくわえ損ねて、M音を発した時で、黒川さんには”haM”という感じに聞こえたそうです。そのおっぱいをくわえ損ねた息子さんの口元を見ると、M音を発音する時の息子さんの口腔の形は、おっぱいをくわえる時の口腔形と同じ、という事に気付いたそうです。

詳しい説明は本を読んで欲しいのですが、語感の正体は「口腔内で起こる物理現象が、発音体感をもたらす」と言う事です。例でいえば、息を滑らす様に口腔を使う言葉には「スピード感」「クール感」という感覚が宿り伝わると言う事です。そしてその口腔の形状とその度合いを数値化すれば、AIに感覚を伝えられ、語感はAIに搭載出来る。…と言う事です。

こうしてAIの語感問題をクリアできたとの事です。

長くなりますが、AI研究はもう一つの研究課題を黒川さんにもたらしたとの事です。それは男女の脳の使い方です。男女はとっさに感じる快・不快の方向性が違い、とっさに取る行動が違う。人工知能の感性デザインをしている時、これを「同じもの」として取り扱う事には無理がある事に気付いたとの事です。人工知能には、男女の違いを定義して伝えてやる必要があるという事です。余談ですが、この研究が、後の話題を呼んだ妻や夫のトリセツシリーズ本として結実しています。奥さんや家族との会話が上手くいかないと悩んでいる方には、是非とも一読をお薦めします。

男女の脳の使い方を簡略化して説明すると、男女の感性モデルは違っており、二種類に分類されるとの事です。女性の会話の目的は、共感を得る為に会話をし、男性の会話の目的は問題解決の為に会話する。という違いです。

これも余談ですが、男女の擦れ違いはこの目的の違いに起因し、会話が擦れ違ってしまう事から生まれているとの事です。

例をいえば、旦那さんが奥さんから悩みを打ち明けられて、その対応としてその悩みの問題解決法を答えとして提示したが、奥さんは答えになってないと怒った。という良くあるケースです。このケースは、奥さんが求めている答えは問題を解決する為の答えでなく、悩んでバランスを失っている気持ちを共感する事で慰めてもらいたい、共感という自分を認める言葉で、ネガティブになった気持ちのバランスを正常に戻してほしい、と訴えていると読み取る必要があると言う事です。

この二種類の感性モデルの名称は、「女性:プロセス指向共感型」「男性:ゴール指向問題解決型」と命名されています。
男女の思考の違いを見事に解説した命名言葉であり、この言葉の内容を深く理解できれば、家族間のトラブルは激減する。…と私は評価しています。

とりとめのない書評となってしまいましたが、あまりにも長くなったので、書評を閉じたいと思います。

この本を読めば、人工知能研究でこそ見えて来る人間の姿、人工知能の姿、そして会話の姿、を見る事が出来ると思います。もっと知りたいと興味を感じた人には、是非とも人間学の教養本として一読をお薦め致します。

本を読むのは、私にとって至福の時間かも知れません。
本には、著者の数年あるいは一生で見つめた研究成果やその想いが詰まっています。
そして数年の経験をまとめ、総括までしてくれて、それを味わえるのですから。
ある意味、安い買い物と思います。
でも、知識は、実践出来なければ価値を生みません。
本を読むだけでは”もったいない”。いかに実践に繋げるか?
それが、最近の私の大きなテーマとなっています。

2022年2月27日記

本の明細
著書名:人間のトリセツ
著者名:黒川伊保子
発行所:㈱筑摩書房
第1刷発行日:2019年12月10日
定価:780円+税




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